オランダ人自転車乗りの魔法

(川合寛道:翻訳、医学監修、Ms. Mariko Shawback: 校正、共同翻訳)

皆さんへ,

皆さんに最近私が12月/1月号のBrain & Life誌に書いた小品のことをお知らせできるのを嬉しく思います。それは「オフ状態」にあるにも関わらず、息子が学校まで地下鉄に乗って行けるように、彼が忘れたメトロカードを自転車をこいで数ブロック先の駅まで届けた楽しい体験を書いたものです。そんな冒険をしようと思ったのは今ではパーキンソン病患者のコミュニティでは有名になったあるビデオのことを知っていたからです。多分多くの人たちが今までに見たことがあるのではないでしょうか。そのビデオはパーキンソン病専門の卓越した医師であり、研究者でもあるバスティアン・ブルーム博士が、彼の患者であるパーキンソン病を患った足の不自由な58歳のオランダ人の男性の様子をビデオで撮ったものです。ビデオの前半では彼は歩くことに四苦八苦していますが、その数分後、ビデオの後半では易々と自転車に乗っています。ではビデオを見てみましょう

彼が変貌する様子はまるで魔法のようです。10回も見直した後でもまだ驚くべきビデオであることには変わりありません。しかしこの全てが説明出来ない訳ではありません。

ブルームや他の科学者たちは彼がこんなにうまく自転車を乗りこなせることの決定的な説明は出来ないと言っている一方でいくつかのそれらしい理由を挙げてもいます。第一に自転車をこぐことは、パーキンソン病によって障害されていない神経細胞群同士をつなぎ合わせて行われている可能性があげられます。第二には自転車をこぐことは歩くことよりも生理的に単純な運動であるかもしれないということです。自転車をこぐことは両足を連続的な円運動に固定するのに対し、歩くことは種類の違うもっと複雑な一連の動き(例えば体重を一つの足から他方へ移動する、もう片方の足を前へ踏み出す、そしてつま先で後ろへ押し出すといった動き)をしなければならないからです。第三にペダルが足を押すことによって生じる触覚が動きを促すキューとして働いている可能性があります。

この最後の論点は私がパーキンソン病と診断される前、された後のどちらにおいても私自身の経験や仕事の非常に大事な側面に関係しています。ダンスを形づくり、動きを導く上で、ダンサーとして私が広く利用していたものは触覚によるキューでした。それはパートナーと踊るときに不可欠な要素ですし、床を感じることもダンサーにとっては欠かせません。例えばジャンプする時にダンサーは床を押しやらなければいけません。現在私はパーキンソン患者さんに教える時、背骨を伸ばすために、踵を通じて床を押し下げるという動きによって床との関連性を意識することの大切さを強調しています。(PD Movement Labのパーキンソン病と姿勢の項を見てください。)これは体が常に縮もうとして伸びる感覚の全てを失ってしまうパーキンソン患者にとって、意識的に注意を払い努力をしなければ出来ない動作なのです。

自転車をこぐことはこの下に踏みつける動きとも関連しています。上がってくるペダルの圧力、そして円運動の頂点を過ぎていくペダルの動きはあなたにペダルを踏み込むキューを与えます。そしてそちらの足を踏み込むや否や、もう片方の足は押しあげられ始めます。したがって、そこにはいつ、そしてどのようにして足に力を入れるかという連続的なキューが存在することになります、これはいわば、どうやって動けば良いかということについて備え付けのマニュアルがあるようなものです。パーキンソン病は正常な内因性の動きのキューを奪ってしまうので、これはパーキンソン病患者さんにとって救いとなります。

これが先程のビデオの前半で見たことです。パーキンソン病が歩くことを可能にする神経のネットワークにひどい障害を与えているため、彼は歩き始めることが出来ません。理学療法士は彼の足の前に自分の片方の足を出し、動きを刺激する外因性の視覚的なキューを与えようとします。これは少し助けになります、しかし連続的な刺激がないことには彼は通常の歩行パターンを維持することが出来ません。彼は動きを導く内因性の感覚性キューを持っていないのです。

息子が電話でメトロカードを忘れたといった時、そこまで極端なレベルでなかったとはいえ、私もどうやって動いたら良いかが分からず途方に暮れていました。しかし自転車に乗ってペダルをこぎ始めた時、変化が訪れました。私の動きは確実でスムースになりました。すくみもなく、途中で止まってしまうこともなく、薬なしでも自由に楽々と自転車に乗れたのです。 

もし、自転車に乗れるのならあなた自身も自分でやってみられることをお勧めします(そんなに混み合っていない場所で、もし必要ならばあなたを助けてくれる人がいる、安全な環境でするようにして下さい)。ペダルの抵抗によって、いつ、どのようにしてペダルを踏み込めば良いのかがより分かりやすくなるということに着目してみて下さい。あなたは感覚性のキューを体がどのように受け取るのかを理解できるようになり、あなたの体が自然に動くことに驚くでしょう。